流産率の低下と着床率の向上を目的とする着床前診断を推進する会

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異常と診断された胚を移植する価値があるのか?

2018.08.27

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質問に答えて  着床前スクリーニングで染色体異常と診断された胚を移植しても正常な子が生まれる可能性があると聞いたのですが、正常卵が見つからない場合に、異常と診断された胚を移植する価値があるのだろうか?このような疑問が寄せられています。

遺伝カウンセラーにどう考えればよいのか聞いてみました。

遺伝カウンセラー

そうですね、私もカウンセリングに来られる患者さんからこの話をよく聞くので、出所はどこなのか調べてみました。Accuracy of preimplantation genetic screening (PGS) is compromised by degree of mosaicism of human embryos. : Gleicher et al. Reproductive Biology and Endocrinology (2016) 14:54 という論文だとわかりました。

この論文には2つの内容が書かれています。

①2か所の著名な検査施設でアレイCGH法またはリアルタイムPCR法で染色体の数的異常胚だと診断された胚盤胞11個の提供を受け、その栄養外胚葉を1つの胚当たり1-5個の切片に切り分けて、第三者機関で、アレイCGH法で再検査をした。結果は11個中2個(18.2%)が1回目と2回目の結果が一致していた。完全に一致していたのは1個(9.1%)だけ、7個は2回目の検査では正常、あるいは正常と異常のモザイクであった。2回目の検査で1-5個に切分けて検査した10個の胚中、切片毎の結果が全て一致していたのは5個(50%)だった。

②11人の患者に他施設で染色体異常と判定された胚を移植してみてはと提案し、8人が移植をした。5人は染色体正常児を出産または妊娠、1人は化学流産だった。

彼らの結論は、着床前スクリーニングでは想像以上にモザイクの確率が高いと考えられる。他の研究者達からも、モザイク胚の移植後元気な子が生まれるという報告が出ている。着床前スクリーニングをすることで異常と診断され、妊娠、出産の可能性が失われている場合もあるのではないか。ただし、今回の結果は、サンプル数も少なく、統計解析をできるようなデータではないというものです。

染色体異常胚の移植を行ったのが論文著者の一人Jeffrey Braverman 移植を受けたのが皮膚科女医Monica Halem 、彼女の経験を 2017年9月の New York Magazine という雑誌がセンセーショナルにレポート、その翻訳がクーリエジャポンというウェブマガジンに掲載されました。この情報がブログを通じて拡がっているのですね。

この論文の内容をどう考えるのか。

➀の結果がこの表です。


この表の見出しがおかしいですね。

左端が胚の番号、次の2列は2回目に検査した時の切片の番号、4列目は最初の検査結果、右端が2回目の検査結果です。

➀で、2回目の検査結果で切片毎の結果が全て一致していたのは5個(4、6、7、8、11)と言っているのですが、2回目の検査結果が、モザイクだというものの中で、移植するかどうかの判定を左右する、正常と数的異常とのモザイクだというのは3個(3、5、9)、他(2、10)は1回目も2回目も染色体異常、つまり2回目の結果からは4個(1、6、7、8)は正常胚、3個(3、5、9)がモザイク、4個(2、4、10、11)が染色体異常胚と解釈できます。正常4個とモザイク3個は移植できるものだったということですよね。

つまり、1回目の検査結果の精度が低く、正常胚を異常と判定していたということを示しているのだと解釈できるのではないでしょうか。

②の結果

4番がMonica Halem です。
2個の胚を同時に移植し17番染色体端部トリソミー胚で染色体正常女児を妊娠中です。

➁についても①同じように他施設で染色体異常と判定されたものを移植したのですから、検査結果の精度が低かった。正常の胚が異常と判定されていれば、移植すれば染色体正常児が生まれる確率も高くなりますよね。

モザイクは、次世代シークエンサー(NGS)で検査精度が上がったことで表面化した問題です。精度の低いリアルタイムPCRやアレイCGHで起きた現象をモザイクで説明することには疑問を感じます。

さらに、染色体異常と判定された胚を移植すると染色体正常児が生まれる可能性が高いと報告するのに、モザイク胚を移植すると正常児が生まれるというイタリアの研究者や、ムンネ博士の論文を引用するのは間違っています。

染色体の数的異常(aneuploidy)とモザイク(mosaic)は別のカテゴリーです。この違いをはっきりさせていないことが患者さんたちの混乱を生み出している原因と考えます。染色体異常胚を移植するというのと、モザイク胚を移植するというのは全く別の話です。モザイク胚からは染色体正常児が生まれる可能性も十分あります。ただし、正常胚と異なりリスクもありますので、移植するかどうかの選択は慎重に行うことが重要です。

受精卵のモザイクの発生確率も、着床前スクリーニングの精度もクリニックごとに異なります。この論文で述べられている胚盤胞がどこでどのように作られ、検査されたものなのかはっきりしていない以上、この論文の信頼度は不明です。

もちろん、世の中では、信頼度の低い検査が行われていて、移植できるはずの胚が捨てられているのは事実だと思います。

技術の高い施設で行っている着床前スクリーニングの精度は97%(誤差は3%)です(モザイクは10~20%くらいあるかと思います)。NGS法ならば染色体正常を異常と誤診する確率は非常に低いと考えます。精度管理のしっかり行われている施設で着床前スクリーニングを受けて、染色体異常と判定された胚を移植することは危険を伴う行為であり、意味は無いと考えます。